たすたすの読書録

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「世界でもっとも強力な9のアルゴリズム」 ジョン・マコーミック著 長尾高弘訳

 昔は良かったなあ、なんてよく囁かれる。

 なにを言っているのだろう、このオジサンは。今のほうが買いたいものをすぐに買える――しかも、家から一歩も出ることなく。誰とも気軽に連絡が取れる。なにしろ僕らの周りは常にモノで溢れていて、昔に比べたら遥かに恵まれた時代であることには間違いない。

 それでも時々、僕は何もなかった時代を生きた人々を羨ましく思ってしまう。

 

 今から40年前、コンピュータというものが全く普及していなかった時代。

 新潟に、プログラマを志す少年がいた。

 その夢を親や周りの大人たちに話したが、理解してもらえるわけもなかった。なにせ、通っている工業高校の友人の中でさえ、コンピュータの話が通じるのはたった一人だけだったのである。

 彼は必死にアルバイトをしてお金を貯め、一年分の給料でポケットコンピュータを買った。

 スペックなんて、ご想像のとおり、今のコンピュータと比べる行為すらお粗末なほどの、数十バイトの世界である。

 それから40年が経ち、日進月歩でコンピュータの性能は向上していった。彼が新しい技術に関心を示すことはあれど、あのポケットコンピュータを手にしたときの感動を超えるものは未だに訪れていないらしい。おそらく、これから先もないだろう――と彼は語る。

 

 YMOが結成してから40周年を向かえる今年――偶然にも東京に、プログラマを志す少年がいた。……格好つけた文章で長々とすみません。そうです、僕です。前置きはこの辺までにしときましょう。

 

 小さい頃、おもちゃを分解して遊んだことってありました?

 中の仕組みがどうなってるかって好奇心は誰にでもあると思うんです。でも、実際に分解したことある人って、少ないんじゃないでしょうか(意図せず壊したとかはまた別ですよ)。

 新潟のプログラマ志望の少年が生きた時代のおもちゃは機構がシンプルで、分解して仕組みを学ぶには丁度良かったのかもしれません。でも、今の製品って、子供が遊ぶおもちゃでさえ機構が複雑ですよね。それに、ネジを飲み込むと危険だから~とかいう理由で簡単に分解できないようになっています。

 そういった初期の好奇心を育てる入り口がないからこそ――僕らにとって、家電やスマホ、ましてやその辺のおもちゃですら、中身の分からないブラックボックスと化してしまいました。

 まるで魔法でも使っているようなイメージのまま、僕らはその電子機器から多大なる恩恵を授かっています。大半の人が"別に仕組みなんて知らなくていい"と思っているのは、中身が複雑すぎてチンプンカンプンだから。

 無関心になり、有難味もなく、いつでもどこでも通信できるのが当たり前で、ちょっとでも処理速度が落ちるとイライラする。そんな僕らにとって、40年前のポケットコンピュータは何の役にも立たない機械に映るでしょう。……確かに、何の役にも立たないですが(笑)、そういった小さなことでも『技術に感動できる』人って、とっても心が豊かだと思います。

 産まれたときからコンピュータに囲まれて育ってきた僕らにとって、そんな風に『技術に感動できる』感性を持つことって、やっぱり難しいと思います。

 

 でも、だからといって、昔のほうが良かったとは一切思いません。だって、昔のそういったシンプルな機構なものは、今も存在するんだもん。ネットで調べて、その昔の人が辿った道を僕らが擬似的に辿ればいいんじゃん。今の時代のほうがモノに溢れていて確実に恵まれているに決まっているじゃないですか。

 大切なのは、それを扱う人の問題。先ほども言ったように、昔の人が歩んできた歴史なんて、ネットを使えば恐ろしく短い時間で網羅できてしまいます。そりゃあ当事者の感動は超えられないかもしれないけれど、情報量だったら圧倒的に有利です。

 フェイクニュースとかで情報過多の波に飲まれてあっぷあっぷしている人が殆どみたいですが、情報の取捨選択がそれなりにできるようになって、いざこの波に乗ってしまえば、これほど強力な武器はありません。これからは情報をいかにして素早く大量に吸収し続けられるか。授業をカリキュラム通りのペースでやっている人ほど、取り残されていく時代になっていくでしょう。――なんか、最近流行りの啓発本みたいですね。啓発本自体は嫌いじゃないのですが、内容をよく咀嚼もせずにあたかも自分で思いついたみたいな顔して横流しする人が沢山いるので、そういう人たちは嫌いです。……脱線しちゃったので、話を戻しますね。

 

 説教じみていてウザいですが、もう少々お付き合いください。というか、関心のない人はもうとっくに読むのをやめてますよね。

 要約すると、今のほうが情報に溢れているのだから、それを扱わない手はないよね――というお話です。

 それを円滑に行うためには、仕組みの理解、『技術に感動できる』感性を持つことが必要だと思います。といっても難しいことではなくて、多かれ少なかれ、誰にでも持ち合わせている感性だと僕は信じています。

 アルゴリズムとは、問題を解くための手順を定式化したもの。この本を読めば、なぜ検索して知りたい情報がヒットするのか、どうやって情報を暗号化しているのか、人工知能の仕組みはどうなっているのか――などが大体分かるようになっています。"自分には理解できるわけもない"とどこか思い込んでいた技術の根底の仕組みが手に取るように分かるって、面白くないですか。

 読むのを強要したら美しいものが失われる感じがするので、読みたい人だけ読んでいただきたいです。んー、これもなんか押し付けがましい。……気になったら読めばいいんじゃない?

 コンピュータが涼しい顔でいかに想像を絶する大仕事をこなしているのかが掻い摘んで分かるようになります。それに、屈指の天才たちの閃きがこれでもかと詰め込まれたとんでもない英知の結晶だということに気づいて愕然とすること請け合いです。ほんともー、ようつべとかエロサイト巡りするためだけに格好つけてカフェでMac使ってんじゃねえよ、って感じですね。別に、個人の自由だからいいんですけど。

 難しい数式はでてきませんし、例え話を多用していてとても分かりやすい内容になっています。少なくとも、この本を読んだら、自分のスマホを丁寧に扱おうという意識が芽生えるかもしれません。そんな風に、『技術に感動できる』入り口としてはもってこいの一冊です。押し付けがましい。読んでみたら?

 

 40年前、新潟でプログラマを志した少年。

 結局、プログラマになることはできませんでしたが、技術屋としてハードウエアを修理する仕事を全うしました。

 そんな背景も知らない僕は、なんの因果か、プログラマを志すようになりました。

 いつの間にか、その意志を継ぐ形となったのです。

 昔は良かったなあ。でも今はもっと恵まれているんだから、お前が羨ましいよ――とのお言葉をいただきました。

 

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