たすたすの読書録

読んだ本の感想を書く。

「江戸川乱歩傑作選」 江戸川乱歩著

 完全な球体の内側を一面鏡張りにして、ランタンなどの光源を持ってその中にすっぽりと入ったら、自分の姿はどのように映ると思いますか?

 

 僕は中学生の頃に読んだ江戸川乱歩先生の本で、この問いを投げかけられました。

 はたして、どうなるのだろう。

 一般的な鏡は平面だから、自分の姿が反射してそのまま視界に入ってくる。だが、曲面だと反射してそのまま視界に入ってくるとは考えにくい。無限に屈折を繰り返して、もしかしたら自分の姿は映らないのでは?

 いや、待てよ――もし無限に屈折するのなら、どこかで反射したタイミングで必ず視界に飛び込んでくるはずだ。曲面での反射はランダムだから、いろいろなところに飛散する。そうしたら、無数の自分が映るのかもしれない。

 でも、無限に屈折しているのだから、そこに映る自分の数が有限個なのはおかしい。もしかして、光が無限に屈折するために目も当てられないほど眩しくなってしまうのか、むしろ真っ暗闇のままなのか、はたまた、自分を構成する色素を全て混ぜ合わせたようななんとも言えない色で満遍なく塗りつぶされてしまうのか……。

『鏡地獄』という短編なのですが、最後にこの問いの答えが明かされることはありませんでした。ただ、主人公はこの球体の中に入ったことで気が狂ってしまいます。本人に明確な解答があったかは分かりませんが、これは乱歩先生による思考実験だったのですね。その後、物理学者が実際に作って実験しています。興味のある方はYoutubeで検索にかければすぐに出てくるんじゃないでしょうか。

 

 僕が初めて読んだ『鏡地獄』に始まり、『人間椅子』『目羅博士の不思議な犯罪』『パノラマ島奇譚』『押絵と旅する男』などなど……一切休むことなく読み進めました。なにより、設定が面白すぎる。人間がすっぽり入っちゃう椅子とか、"パノラマ島"という絵空事のような桃源郷を実際に作っちゃう話とか。さすが少年少女向けの冒険小説だって書けちゃう乱歩先生だけあって、エログロのなかにも厨二心をくすぐるようなワクワクがあったりするのです。乱歩先生、めちゃくちゃ人間嫌いらしいのにね。どうしてこんなに人のワクワクするツボ、知ってるんだろう。

 そんな乱歩先生のワクワクの集大成が『孤島の鬼』という長編だと、僕は個人的に思っています。後半は手に汗握る展開!……とか安っぽくてあんまり書きたくないのですが、完全なる冒険小説のソレです。一通り短編を読んでからこの作品を読むと、オールスター感謝祭かよ、ってなります。僕はオールスター感謝祭自体はごちゃごちゃしすぎててあんまり好きじゃないんですけどね。

 

 ……まあ、いろいろ紹介したけど、乱歩ワールドの入り口としてはこの傑作選を読むのが一番もってこいだと思います。読む順番がどれからでもいいのは言うまでもありませんが、最後に『芋虫』を持ってくる辺りに新潮社のセンスを感じます。目を逸らしたくなるような描写が多く、まさしく乱歩先生のエログロの極致といった感じなのですが、とっても切なく、美しい物語です。

 初めて読んだあとの抜け殻になったような感覚は忘れません。僕は乱歩先生の作品で『芋虫』が一番好きです。

 

f:id:tasutasudrum:20181013004929j:plain

江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫) | 江戸川 乱歩 |本 | 通販 | Amazon